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大阪高等裁判所 平成5年(く)99号 決定

少年 H・S(昭和49.5.13生)

主文

原決定を取り消す。

本件を神戸家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、付添人弁護士○○作成の抗告申立書に記載のとおりであるが、要するに、少年を中等少年院に送致した原決定には重大な事実誤認があり、かつ、その処分は著しく不当である、というのである。

記録を調査して検討すると、まず所論が事実誤認をいう点は、本件非行事実(窃盗、同未遂)について捜査官が取調べた関係者らの供述調書の内容が、あたかも少年がAを脅し本件非行を命令して実行させたように記載されているのは事実に反するとして、その信用性ないし正確性を争うものであるが、所論が指摘するような事実認定を原決定がしていることは記録上窺うことができず(原決定が引用する当該送致事実参照)、所論は前提を欠くものと言わなければならない。

ついで処分の不当をいう所論について案ずるに、本件非行は、他の少年と共謀して行った、ひったくり手口による窃盗及び同未遂、並びに暴行の事案であるところ、その非行事実の性質、態様、動機のほか、原決定が挙示するような家庭環境、生育歴、資質、生活態度、交友関係、前歴等、とりわけ、少年は、平成3年11月19日窃盗の非行により保護観察に付されたのに、その後の生活態度、交友関係等は必ずしも芳しいものでなく、前件非行時より約2年を経過したのちの本件非行ではあるが、自己が果たした役割についての罪障意識も十全なものとはいえず、原決定もいうように、これは少年の未熟な社会性、自己中心性、精神的非弱性、情緒面での不安定さ等に由来するものと認められることからすると、少年を一般短期処遇の勧告を付して中等少年院に送致した原決定の処分も一応理解できなくもない。

しかしながら、原決定の(要保護性)の項における記述をみると、原決定は、少年について前記の性格的負因の改善のためには集団生活の中で矯正教育が必要と思料されるという結論的な判断は示しているものの、少年の非行性の深化の程度、反省状況や更生意欲、更生に繋がる就労先の存否、保護者等の受入れや指導監督態勢等、少年をこの際施設に収容して保護するのを相当とするかどうかの判断をするのに必要な諸事情の説示が欠けている。

そこで、以上の点について記録に基づき改めて検討するのに、前件非行による保護観察の成績は必ずしも良好とはいえないまでも、道路交通法違反(反則金)2件を除いては、本件非行に及ぶまで非行の発現はなかったこと、その間2度にわたっての就労機会があったが、比較的継続して真面目に働いていたこと、年下の少年らと共謀しての本件非行は成り行き上の偶発的な一面もあって、深い非行性に根ざしたものとはいえず、犯罪の常習化や反社会的構えがないこと、少年には19歳という年齢についての自覚があり、性格の基本的部分、価値観に大きな歪みが認められず、本件非行に対する反省及び更生意欲も相当に認められること、少年の能力は比較的高く、社会的適応性も失われていないので、生活の習慣化を求める意味での行動療法的処遇は余り考える必要はないとみられること、両親とも少年の自立を求めるための厳しさはあっても、保護監督の意欲と受け入れの気持ちは十分にあること、今後における具体的な就労先としては、少年の義理の伯父I・Oが経営する「○○商会」(日用雑貨卸業)が雇用を約束しており、少年も就労意思を明らかにしていること等が認められるのであって、これらの諸事情に照らすと、現決定が解決すべきとする問題点は、社会内での指導によって解決することの可能な条件がないわけではなく、とくに少年も就労意思を固めている「○○商会」への雇用機会は、具体的かつ有力な社会資源として評価できるものと考えられ、その効果も試さないまま、直ちに施設収容の措置を取ることの緊急性と必然性を認めるのは困難である。

したがって、成人までにはまだ余裕もある少年に対しては、社会内処遇での更生の可能性を今しばらくの少年の日常生活での実績を観察したうえで確かめ、最終処分の当否を検討する余地があるものといえ、結局、現時点で中等少年院送致の決定を言い渡した原決定の処分は、時期尚早の誹りを免れず、著しく不当といわなければならない。

よって、少年法33条2項、少年審判規則50条により、原決定を取り消し、本件を原裁判所である神戸家庭裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 重冨純和 裁判官 濱田武律 出田孝一)

〔参考1〕 送致命令

平成5年(く)第99号

決定

本籍 神戸市垂水区○○××番地

住居 不定

(和泉学園在園中)

少年 H・S

昭和49年5月13日生

抗告申立人付添人弁護士○○

右少年に対する窃盗、窃盗未遂、暴行保護事件について、平成5年6月29日神戸家庭裁判所がした中等少年院送致決定に対し、右抗告申立人から抗告の申立てがあり、平成5年7月28日当裁判所において、原決定を取消し、同事件を神戸家庭裁判所に差し戻す旨の決定をしたので、少年法36条、少年審判規則51条により、次のとおり決定する。

主文

和泉学園長に対し、右少年を神戸家庭裁判所に送致すべきことを命ずる。

(裁判長裁判官 重冨純和 裁判官 濱田武律 裁判官 出田孝一)

(原文縦書き)

〔参考2〕 原審(神戸家平5(少)2142号、2369号、平5.6.29決定)〈省略〉

〔参考3〕 処遇勧告書 平成5年少第2142・2369号〈省略〉

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